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第13号 法政大学デザイン工学部都市環境デザイン工学科同窓会報を4回に渡り,毎週火曜日に公開していきます.

 

校歌に描かれた外濠

都市環境デザイン工学科 教授 高 橋 賢 一 (1969年卒)
校歌のこと

 校歌を口ずさむ機会は入学式や卒業式くらいで式に参加しなければ皆無に近い。ところがここ数年たびたび歌う、というよりは歌詞を引用させて頂いている。もちろん全文ではなく“見はるかす窓の富士が峰の雪 蛍集めむ門の外濠 よき師よき友つどひ結べり”のつまみ食いである。作詞は抒情的な作風で知られる詩人、小説家でもある佐藤春夫で、当時本学の教授であったという。時は昭和の初め、東京の風景を激変させた関東大震災から7年がたち世界大恐慌の只中の1930年であった。
 生意気盛りの若き日、私は“郊外のありよう”を探し、田山花袋の『東京三十年』(1917)や国木田独歩の『武蔵野』(1901)などを読んだ。佐藤もその一人で暗い心象風景を描いた『田園の憂鬱』(1919)を思い出した。話を戻す。学生たちの求めに応じた佐藤は激動する時代に立ち向い「我等が法政の意気を示す」、新しい国づくりを担う学徒にふさわしい校歌を創らん、と意を注いだという。
 80年前の外濠
 たった三行の短なことばにはキャンパスを包む外濠の風景が読み込まれた。真っ白な雪をいただく富士が大小の山々をいだく。これを遠景とする谷地形に沿った雄大なパノラマ。蛍舞う美しく澄んだ水の濠跡と御門の石垣遺構。桜並木や松林に包まれた土手公園。そこに集う人々の輪など。学生たちに歌われ市ヶ谷にこだまする。まさに自然の美と人工の巧みがつくる文化的な景観とエコロジー、何よりも人々の結びつきの大切さが歌われている。本学がこの地に学舎を構えたのは大震災前の1921年という。それからおよそ半世紀強、我が国は戦災復興を果たし未曽有の高度経済成長を経て、誰もが豊かな生活を手に入れた。東京の大発展は、その象徴である。しかし同時に失ったものも少なくない。世界都市東京の基層をつくる城下建設、近代以降の帝都 建設や震災復興による歴史的コアは、類例を見ない都市化.とりわけ高度な産業化とモータリゼーションによって、多くがむしばまれた。

 エコ研が進める水辺都市の再生
 2004年度に発足したエコ地域デザイン研究所は歴史とエコロジーに基づく水辺都市の再生に取り組んできた。主たる舞台の一つは東京都心で校歌に歌われた史跡江戸城外堀(外濠と記す)の再生である。この外濠の特徴は前述したように地形がつくる広大な空間であり、その歴史性にある。またメリハリの利いた東京都心の形成に不可欠な基幹をなす都市インフラであり、長きにわたり風景の骨格であり続けた。
 かつて野口富士男が『外濠線にそって』(1978)で「ここの風景が高速道路(弁慶堀をかすめる首都高)の出現くらいには負けぬだけの力をもっているところが気に入っている」と、新陳代謝する東京の魅力を断じた。
 ところが昨今の変化はただ事ではないように思える。外濠通りに沿って建つペンシルビルは外濠を独り占めにし、背後の眺望権を年々狭めている。美しく豊かな公共空間を愛でる権利は沿道のみに与えられているわけではない。また大街区化による超高層の林立は天空の広がりを狭め、風道を奪いかねない。とはいえ決して法を犯しているわけではなく、現行の法制度では遺憾ともしがたい。
 地域の人々の意見に耳を傾け抑制の利いた開発行為を選ぶ姿勢に期待するしかない。とにもかくにも濠の水質浄化が急がれる。
 間違いなく水辺への関心の高まりが再生への第一歩となる。また石垣などの遺構を活かした修景、既存の道路空間を活かした歩道の拡充や緑化は、まさにシビルエンジニアのつとめである。私たちは外濠の多面的な価値を明らかにし啓蒙・啓発を通じ、関心度を高め多くの人々の英知を再生の力とする道筋を描かねばならない。
  大学の責務
 外濠が与えてくれる数多の恩恵に浴してきた本学には外濠再生を先導する責務がある。これまでのエコ研の研究活動を全学的な取り組みに高め、他大学との連携を通じて、その成果を地域社会に発信することが求められる。私たちは外濠の良さを端的に記した素晴らしい校歌を機会あるごとに歌い、地域に、そしてこの地を訪れ人々に聞いて頂くことからはじまろう。また本学科の学生たちが進めてきたキャンドルの灯りに集う“外濠キャンナーレ”も、私たち同窓会が進める“外濠清掃活動”も、大きな役割を担う。
 これから四半世紀後の2036年は“外濠開削400年”の節目の年となる。これまでの8年間、外濠再生に向けた私たちの取り組みはようやく第一歩を印したにすぎない。日々の活動の継続、その積み重ねが大きな思い出をつくる。OBの方々の多数の参加を求めたい。